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物は持ち主の人格表現だからその選択には責任も

2011.12.09

彼が生活上の必要に迫られて、ではなく、たんにわびしさを解消するために家具を買いにいったのだ、ということは物と人間の関係を考える上で重要な手がかりになる。彼の行動は、自分の領域をつくりだそうとした点でたぶん正しい。しかし、彼はあせってろくに考えもせず衝動買いをしてしまったことで過ちをおかした。なぜなら、物が領域の素材となるためには、おおげさに言えば、自分を賭けた選択を通過しなくてはならないからだ。そうした選択を経ることによって、物は、ようやく“自分の”物となり、物を持つことが自己表現、自己確認になる。

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言いかえれば、人間の持っている物は否応なく、持主の人格の表現になる。そうだとすれば、人間は自分の持物の選択に責任を負わなければならない。室内を日本的な意味で“片づける”のではなく、さまざまな物が見えるままに放り出してあってもよいように、物の選択と、その結果としての自己表現の意識化に裏づけられて、はじめて可能になるのではないか。





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