旧都市計画法の適用範囲は、全国の市部に順次広げられていきました。戦前からの日本全国に占める市部の人口・面積割合の推移を見ると、旧都市計画法の制定された翌1920年には、市部の面積割合は0.4パーセント、人口割合は18パーセントになっています。その後1940年までに面積割合は2.3パーセント、人口割合は37・7パーセントに達します。この間に市部の面積・人口はそれぞれ、6.4倍、2.7倍になっています。第二次世界大戦後の1947年には、市部の人口割合は33・7パーセントに低下しますが、1950年には、ほぼ戦前の水準に戻ります。その後は1950年から60年代を通じて、市域の拡大と急激な人口の都市集中が進みます。1950年の市部面積割合は5.3パーセント、市部人口割合は37.3パーセントでしたが、1975年には市部面積割合は7.7パーセント、市部人口割合は75.9パーセントに達し、その後は緩やかな上昇に転じました。首都圏では、東京都の人口は1945年には349万人まで落ち込み、戦前の水準(1942年、736万人)を超えるのは、1953年(747万人)になってからです。全国の人口に占める東京都の割合は、その後も戦前のピーク(1940)と同じ10パーセント前後で推移しています。地方からの人口流入は、神奈川、千葉、埼玉の周辺各県へと広がっていったのです。戦後復興が一段落して、1960年代の高度経済成長期を迎える頃には、都市地域は東京都から首都圏全域へと大きく膨張していきました。
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